2010年09月04日

女性化社会とフナの話

世の中はめまぐるしく変わってゆく。
その加速度に着いていけなくなることは、とりもなおさず年をとったということだろう。
今や日本も含め世界中が女性化している。
弊害もあるが弱者を守る意識が向上しているのは良いことだ。


人間など遅いぐらいで動物達の世界では女性主導は当り前だ。
ハチやアリなどはあれだけの数がいる巣の中でオスは3,4匹しかいない。
後は卵を産むのも巣を守るのも餌を集めるのもメスだ。
ハタラキバチの針が産卵管が変化したものであることはよく知られている。


魚にも女性主導の世界がある。
フナというと一種類しかいないと思ってる方もいるだろうが、意外と亜種が存在する。
マブナという魚は実はいなくて、マブナと呼ばれているのはギンブナとキンブナ。
キンブナは少なくなっているので目にするフナはほとんどギンブナだろう。

ギンブナは昔から女性化社会。
なぜならギンブナにはオスはほとんどいないのだ。
オスは絶滅しているといってしまってもいいぐらい稀にしか見つからない。
では、どうやって種を存続させているのかという疑問が沸いたはず。
実はギンブナは他の魚の精子で受精するのだ。
しかも雑種が生まれることはほとんど無い。
生まれてくるのは純血のギンブナだ。
詳しく語るとややこしくて面白くないので省くが、ギンブナは染色体が特殊で他の血が混じらないシステムを持っている。
生まれてくる仔は必ず卵を産んだ母魚と同じ遺伝子を持っている。
つまりクローンだ。


フナにも種類があると書いた。
ニゴロブナは鮒寿司の原料となる魚だが、絶滅が危惧されているので琵琶湖の漁協も自主規制で小さい個体は取ってはいけないこととしている。
その為、今は安い鮒寿司はゲンゴロウブナやギンブナを鮒寿司に使用する。
イギリスではクローン牛が販売されたことに議論が沸き起こっているが、日本ではすでにクローンの魚を食べていたと言うことだ。


小ブナ釣りしなどと言うと、昔懐かしく里山を思い浮かべる人も多いと思う。
が、実はギンブナは人間よりもずっと昔からクローン化と女性化社会を確立していたわけだ。
人間社会もこのまま進むといずれクローン人間も現れるかもしれない。
そうなると“男はもう要らないわ”なんて社会が来るのも馬鹿な俺のたわごとではなくなるかもしれない。




 

posted by 成記 at 00:41| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

成記の“すべる話”

何も用事が無くてボーっとしてると昔の他愛ない流行なんかをふと思い出したりする。
何も用事がない日なんてほとんど無いんだけど、最近は夏バテ対策で睡眠時間を多めに摂ろうと思ってね、1時過ぎには寝床に入ることにしてるんだ。
だから眠りにつくまでが何もすることが無い時間ってわけだ。

昨日は子供の頃に流行った“おたねばーちゃん”の超がつくくだらない話を断片的に思い出したから教えてあげる。

おたねばーちゃんがどこか忘れたけど田舎から出てくるわけだ。
孫娘の令子さんに会いにね。
令子さんは大学に通うために大阪で一人暮らししてる。
そんな設定だったよ、確か。

関西のバスは後の扉から乗って前の扉から降りるんだけど、おたねばーちゃんは知らなかったんだな。
前のドアから乗ろうとすると運転手に「ばあさん、後から乗ってや」って言われてね。
そしたらおたねバーちゃんは「はいはい、すみませんねぇ」と言いながら後ろ向きにステップを上がるんだよね。
うんうん。だんだん思い出してきたぞ。


令子さんに何かお土産を持っていこうと思ったおたねばーちゃんは阪神百貨店に入ったんだ。
おたね「このケーキをください」
店員「はい。おいくつですか?」
おたね「当年とって78歳」
とか言うんだよな。


令子さんとの対面でも何かやらかした気がするけど覚えてない。
二人で街に出ることにしたんだと思う。
喫茶店に入ってね。
説明するのも野暮だけど、大阪ではアイスコーヒーをレーコー(冷コー)って言うのね。
店員さんが注文をとりに来て令子さんが「冷コーひとつ」って言ったら・・・・もうわかるでしょ。
「おたねひとつ」


たまには映画でも観ようという話になって、どっちがおごるかってもめるんだけど結局自分の分は自分で払おうと言うことで落ち着いたんだな。
でも映画館に一人で入った事がないおたねばーちゃんは令子さんに先に券を買ってもらうことにした。
令子さんが窓口で「じゃぁ。学生一枚ください」って買うのを見て、なんだ簡単なんだって思ってね、自信満々に言うのね。
「百姓一枚」

 
 






・・・・・・・・・・・なんでこんなくだらない話を覚えてるんだろう。
死ぬ間際に思い出したりして涙流しながら薄笑い浮かべたりするんだろうか。
それはちょっと嫌だな。
 

posted by 成記 at 00:46| 京都 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

一緒にお話しませんか?

BBSではありませんが、どなたか一緒にWEB上でお話しませんか?
人間以外の方ならばどなたでもおkです。

お待ちしてマース!
posted by 成記 at 14:50| 京都 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月10日

パスタとスプーン

日本でパスタを注文すると必ずと言っていいほどフォークとスプーンがテーブルに並べられますが、皆さんはスプーンを使いますか?
俺は使いません。
中曽根康人氏が首相だった頃に、どこだったかのサミットの食事会でにスプーンを使ってパスタを食べて周りの苦笑を買ったという話が頭の中に残っていたからです。
欧米ではスプーンを使ってパスタを食べるのはフォークを使いこなせない子供のすることだから、と言うのが理由だったように思います。
もはや日本ではパスタにスプーンは市民権を得ていますから、他の人が使うのは全然気になりません。
それよりもスパゲティをソバのようにズルズルすすって食べる方がマナー違反だと思います。

外国人がスプーンを使わないなら、何故日本では大人がスプーンを使うようになったのだろう。
日本人的感覚で上品そうに見えるから?
それよりも俺の記憶してるのは本当の情報なのかな・・・・・・・ちょっと気になったので調べてみました。
結論から先に言うと、パスタを食べるのにスプーンを使ってはいけないという作法は外国にも無いようです。
つまりスプーンを使ったほうが食べやすいのであれば使っても良いということです。
ただ、イタリアの北部ではフォークだけで食べるのが一般的だそうです。
スプーンのみで食べるのはマナー違反のようで、これが誤ってスプーンを使ってはいけない論になったのではないでしょうか。

フォークを使うのが苦手なアメリカ人がナイフとフォークでスパゲティを細かく切り刻んでスプーンで食べたのがスプーンを使うようになった始まり、なんて話もいくつかヒットしましたが、俺は信じがたいです。
ただのジョークが広まって、さもほとんどののアメリカ人がそうであるように流れてるデマだと思います。

こうなると先に書いた中曽根首相の逸話も疑わしくなってきました。
色んな言葉で検索をしてみましたが中曽根首相がスプーンでパスタを食べて恥をかいた話は出てきませんでした。
では、どこでそんな話を俺は耳にしたんだろう。
そう思ってさらに検索していくと一軒だけヒットしました。
細木数子さんが言ってました。そうか、俺はコレをTVでを耳にしてたんだ。
うーん。マナーっていうのはちゃんと学ばないとダメですね。

夜勤の休憩中にサイゼリアでお茶を飲むことが多いんですが、離れた席で若いカップルがスパゲティを食べていました。
女の子はフォークとスプーンを使って、男の子は箸を使って。
そして二人とも土足で椅子の上に立てひざをしていました。


 
posted by 成記 at 18:50| 京都 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

関西のカーナビ

おそらく関西製であろう、落ちのあるカーナビの話をします。

紫陽花の花を撮ろうと勧修寺に行くことにしたんです。
五条通を走っていると家内が「勧修寺の場所知ってるの?」と訊くので「知らん」と答えました。
醍醐方面に勧修寺はあるはずですが、五条通りから案内標識が出ているから、その通りに走れば問題ないはず。
そういった内容を家内に伝えると、しょうがないなぁって感じでポータブルカーナビで検索を始めました。
このカーナビ、小さいのはいいのですが滅茶いい加減な奴で自動車が通るには無理があるだろう道を平気で紹介したりするのです。
なので俺はまったく信用していません。
それでも地図代わりにはなるわよ、と家内は勧修寺に行き先を設定しました。
するといきなり「300m先、左です。その先左です。」とのたまいました。
左に曲がってすぐに左・・・・・完全に元来た道を戻そうと企んでいるのがわかりました。
「行かへんよ」
だって交安協が設置した案内標識にしたがってここまできたんですから間違ってるわけないでしょ?
「多分カーナビにはカーナビの事情があって、推奨ルートがあるんやわ」
家内はそういいますが、カーナビの事情なんぞ知るものか。
カーナビを無視して進んでいくと、交差点で“勧修寺→”の標識が見えました。
同時にカーナビが言います。
「次、左です。」
だんだん腹が立ってきました。
「ひょっとして、地名の勧修寺とお寺の勧修寺は別の場所と違う?」と家内。
むっ。
そういうことが無いとは言えない・・・・・・・・・・・・・
実は勧修寺と書いていますが、地名は「かんしゅうじ」ですが寺の呼び名は「がじゅうじ」。
うーむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いあいあいあいあ!
違う。やっぱり、それは違う。
呼び名は違えど、寺があるから地名が出来たのだ。
そのまま右に交差点を曲がり、突き進むと広い道に出ました。
そして道の向こう側に寺の姿が。門には大きな文字で「勧修寺」と書かれています。
「ほら見ろ。どうやカーナビ、俺の勝ちやろ!」
思わずそう言うと、カーナビは・・・・「左です」

おーいっ!!

「ひょっとしたら、勧修寺って二つあるんとちゃう?」
何ィ!勧修寺が京都に二つ?
そこまでカーナビ擁護に回るか^^;
「いや。ここまで来たんやから、このまま入る!」
道路を横切って勧修寺の駐車場へ突っ込みました。
車のエンジンを切ろうとしたその時、カーナビが言いました。

「目的地に到着しました。」


 
posted by 成記 at 01:52| 京都 ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

魚釣られ

すごく腹が減っていた。
時間を数えたわけではないのだが、もう二日ほど、ろくなものを口にしていないような気がする。

少しフラフラしながら、海辺の岩場を散策してみた。
岩にこびりついた海苔でも小さな貝でもいいから見つけて、とにかく何かを腹に入れなければ死んでしまう。

すぐに岩の隙間にシオマネキを発見w
指を挟まれながらどうにか捕獲できた。

座れそうな岩をさがして、腰をかけると小さな蟹を生きたままほおばった。
海水の汐の味が蟹の味を一層引き立てて良い感じだ。
殻を吐き出すのが惜しくなって、何度も細かく噛み砕いて飲み込んだ。

もっといるんじゃないかとシオマネキを探したが、あいにくアレ一匹だけだったようだ。

他に食べられそうなものはないだろうかと辺りを見渡すと、隣りの岩の上に何か黒いものが落ちている。
近づいて見るとそれはコンビニのおにぎりだった。

何か怪しいなと思って、回りをキョロキョロ見てみたが、持ち主らしい人の気配もない。
誰かが食べきれずに捨てていったのかも知れない。とりあえずは喰ってもよさそうだ。

紀州梅か。
贅沢を言えば、紅鮭か焼きタラコの方が良かったけれど、コレでも全然問題はない。
口の中に湧き出る唾液を飲み込みながら、ビニールをはがして匂いを嗅いでみる。
腐ってそうな匂いもしない(超ラッキー)。

一口かじる。
久しぶりの米の味。
おにぎりに付いた歯型の飯には梅干からにじみでた赤い色。
次の一噛みで訪れる梅干のしょっぱさに備えて、口の中はさらに唾液の洪水。
コレを旨いと言うのだ。

一口目の米を8噛み程でごくりと飲み込み、梅干目指して二口目にかぶりついた。

その瞬間。


上あごから脳天に突き抜けそうな猛烈な痛みが走った。
何が起こったのか咄嗟にはわからない。くさびのような物が上あごに刺さっている!?
とにかく何か強い力に引っ張られている。

手を添えると、口から見えない彼方へと続く光る糸。何かにまんまとはめられた。
口を大きく開けたまま、嫌が応にも顔はあさっての方角を向く。

必死にあらがうが、意思に反して身体は海に向かって引きずられる。
声も出せないまま必死で両足を踏ん張るが、足場が悪すぎる。上あごがとにかく熱い。

海に引きずり込まれたら絶体絶命。頭ではわかってる。でも、全力で耐えるには、あごが痛過ぎる。

やがて足もとを波にすくわれ、むなしく海の中へダイブした。
それでも陸へ上がろうと必死でもがいたが、暗い深海に向かって身体はブクブクと沈んでいく。

もうだめだ。
死ぬ。絶対死ぬ。

それでも身体は生きたいらしい。
息を止めて限界まで耐える。












やがて何者かが身体をくるんだ。
いくらもがいても取れなかった上あごの槍が一瞬の痛みと共に抜けた。

目を白黒させながら、前を見据えると見たこともない大きな魚がこっちを見て微笑んでいる。

「Good Fight!」

薄れゆく意識の中で大きな魚がそう言ったのを覚えてる。顔にキスをして確かにそう言ったんだ。











・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
気が付くと砂浜の上にいた。

岩場で蟹を食べたのが、今朝なのか昨日の朝なのかはわからない。

太陽は水平線の向こう側に行こうとしていた。
満ちた潮が身体を半分浸していた。


海はもういい。海に入るのはもうこりごりだ。
何度もそう呟いて、砂浜をはいずって浜茄子の咲く陸に上がった。
まだ痛い口の中は苦い砂でジャリジャリしていた。




日記風に仕立ててみた。
魚釣りを逆の立場で考えるとこんな感じだろうかと。
俺は罪深い。


posted by 成記 at 00:00| 京都 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月20日

成記流虫の捕まえ方

子供の頃はムシ博士だった。
なのでムシを捕まえるのも、今から思えばかなりユニークな方法を使っていたと思う。
大人の皆様にこんな情報を垂れ流しても何の役にも立たないのである。
それでも書いてしまうところが成記の痛いところではある。

セミの簡単な捕まえ方

うちのマンションは出来てから2年とちょい。なのに玄関先のカエデの木にはセミが一杯集まってる。カエデの樹液は相当ウマイとみえる。
俺はモミジの天麩羅なら食べたことある。それなりに喰えるけどほとんど衣の味だな。
セミは天麩羅喰うんだろうか?喰わないだろうな。
(天麩羅に群がるセミを想像してみた。気持ちわる。でかい分だけハエよりも始末が悪いな。)

そんな事はどうでもいい。
とにかく朝も7時を迎える頃から、うちのマンションの前のカエデにはセミが群がって大合唱してるのだ。
何も知らない子供達は網を片手に一所懸命にセミと格闘してるけど、セミを簡単に捕まえたいなら俺に聞くよろし。

大体セミが鳴いてるときはセミの活性が高いから簡単には捕まえられない。
なので、果報は寝て待て。賢い中国人はセミの活性が低いときを狙うのだ、知らんけど。

本当の所はどうなのかわからないけど、俺の経験からすると朝に鳴きまくったセミは疲れて昼寝する。
正午になるまで待ってると、あんなにうるさかったセミの鳴き声がピタっと止む。
セミが昼寝を始めた証拠だ。
嘘だと思うなら注意して近所のセミの声を聞いてみることだね。俺の言うことがわかるはずだから。

その頃にカエデのそばに行ってみるとセミはどこかに行った訳じゃなく、やっぱり一杯木にたかってる。
そのままズカズカと木に近づいておもむろにセミを掴んでみる。
網も鳥もちも要らない。
セミは馬鹿だから、捕らえられた仲間が必死でピンチの声をあげても逃げようとしないで知らん顔。
ついでに言うと、捕まえられると困るから高いところで寝よう、とかの考えも及ばないらしい。
割と低い位置の木陰でグーグー寝てるから子供でも簡単に捕まえられる。


トノサマバッタの簡単な捕まえ方

ボール紙を用意する。レポート用紙の裏についてるグレーのやつなんかがいい。
ボール紙を20×20×50mmの立方体にする。つまり四角い筒だね。
それに3mぐらいの糸を結んでおく。

原っぱに行ってトノサマバッタを探す。
トノサマバッタは緑の色をした奴か、あるいは緑と茶色のツートーンの奴ががオスなので、そいつに向かって作っておいた紙の筒を投げる。
投げたら糸を引っ張って筒がはねるように動かす。
そうするとオスのトノサマバッタが寄ってきて上に乗っかってくる。
近づいても絶対に逃げないのでそのまま捕獲する。

トノサマバッタのメスは灰色をしていてオスよりも一回り大きい。
つまり四角柱のボール紙をメスと勘違いしてオスがさかってくるわけだな。
一度さかるとメスを放って逃げることはしないから(なにせ殿様ですからプライドあるんすよ)そのまま簡単に捕まるわけだ。
かわいそうだが、虫の性を逆手に取った捕獲法。


カエル釣り

ネコジャラシの種(ふさって言ったほうがいいかな)を茎ごと引き抜く。
ふさの先を1cmぐらい残して後の種を指でしごいて取り除く。

後は茎の後ろを持ってカエルの目の前でユラユラと揺らしてやるとカエルが虫と間違えて飛びついてくる。
食い意地が張ってるので釣り上げられても、なかなか離そうとしない。(プライドは無いと思われる)


ギンヤンマの簡単な捕まえ方

@虫取り網が必要。細かい白い網目の奴よりも、もっと安い青い色の目の粗い網。それをを持ってギンヤンマが生息する池か沼か田んぼに行く。
頭の高さで網を大きくゆっくりとまわす。数回、回し続けるとギンヤンマが寄って来て、網と同じ軌道で頭の周りを回り始める。
網を回すスピードを上げて、ギンヤンマを後ろからすくうように捕獲する。

何故、網に寄ってくるのかは今だに不明だけど確実に来る。
虫じゃないけどコウモリも同じ方法で捕獲することが出来る。
多分、人間には聞こえないけど、小さなムシの羽音と同じ周波数の音が網を振り回すと出るからトンボやコウモリが寄ってくるんだ。
そんな風に少年成記は勝手に思っていた。

A↑の方法で捕まえたギンヤンマがメスならば↓の方法も使える。ギンヤンマの胴体と尻尾の間の丸いコブのようなふくらみが黄土色なのがメスである。(だったと思う。ちょっと自信ナス。)

メスのギンヤンマの胴体を糸で結んで、性懲りもなく頭の周りでゆっくりとまわしながら飛ばす。
すぐのオスのギンヤンマが飛んできて尻尾の先でメスの首をつかむ。(トンボの尻尾の先はちょっとしたハサミになっている。)
ランデブー状態になったらそのままゆっくりと地面に下ろしてオスのギンヤンマを捕まえる。
バッタと一緒で決してオスが逃げることはない。

ちなみに糸で結んだメスのトンボは死んでいても飛ばすことが出来る。もちろんオスは寄ってくる。


こうして子供の頃を改めて振り返ってみる、と少年成記は観察力があって冷静で残酷。
こんな経験が今の俺に活かされているのか調べようもないけど、今の俺には無いものばかりのような気がする。


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2007年06月10日

電車通学U

京阪沿線はほとんどが大阪のベッドタウンです。
朝のラッシュ時の車両の中は、目一杯おかずを詰め込んだ弁当箱の様相です。
かばんから手を離しても床に落ちることは絶対ありません。
ましてや、座って通学なんて夢にも思っていませんでした。

ある日のこと。
友達と樟葉の駅でいつものように急行列車を待っていました。
ダイヤグラム通りホームに滑り込んできた電車の中を見渡すと、奇跡的にひとつだけ席が開いていました。
ホームの一番前に並んでいた俺達、というか友達がそれを見逃すわけはありません。
ぁ、と小さな声を洩らしたことを後悔するようにその後は「ん?」と聞き返した俺の声も聞こえない振りです。

ドアが開くと同時に友達はモグラが土砂を掻き分けるように人ごみの中に潜り込み、ひとつだけ開いている席にドシリと腰を下ろしました。
しかし、彼の靴の↓には誰かが残していった吐瀉物が・・・・・・・・・・・;

言わんこっちゃない。
あせった彼は直ぐに席を立ち上がろうとしたんですが、なに分足元がそんな状態ですから、滑って転んでご丁寧におじやの上にしりもちを突く羽目に・・・・・・・・;

その日の彼が学校でずっとジャージを履いていた理由は数人の友達しか知りません。
旨い話には罠が待ち構えていることを彼はこの時に学んだ事と思います。

posted by 成記 at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

電車通学T

高校生の時は京阪沿線の樟葉に住んでいました。
通っていた高校は京橋下車のとある学校。
帰りはいつも友達と適当な駅で降りてぶらぶら遊ぶのが日課みたいになっていました。

その日は枚方市駅で下車してショッピングモールで遊びました。
夕方になって駅のホームに降りたんですが、反対側のホームにヤンキーの高校生が二人。
何の会話をしてたのかは覚えてないけど、一緒にいた友達がそのヤンキーを見て笑いながら俺に何か言いました。
向こう側のヤンキーはそれに気がついて「なんじゃ、お前らー!」と怒鳴ったかと思ったら、線路に飛び降りてこちらのホームに走ってきました。
やばっ。
声に出す前に俺も友達も危険を感じて走り出し、ホームの階段を必死で駆け上がりました。
後ろからは「待たんかー、コラーッ!」と叫んでいます。
振り返って見てないけど、確実に俺たちを追いかけてきてます。

学生の頃の俺はバカと言うか、妙に大胆なところがあって、階段を二段飛ばしで上りながら“どうせ、あいつら俺の顔まで見てないはず・・・・・・・”と頭によぎりました。
階段を上りきって左に曲がったところで俺はくるりと向きを変えて、何食わぬ顔で平然とそいつらのいる方向、つまり階段を下りてゆきました。
友達は必死なので、俺の動向なんか全然気にする余裕もなく一人で走っていった様子。

案の定、ヤンキー達は俺には目もくれず、友達が逃げていった方に走り去ってゆきました。

少し待つと電車がやってきたので、それに乗り込み一安心。
あいつもうまく逃げられたかな。
そんなことを思いながら走る電車の窓から暮れかかる町並みを眺めていました。

しばらく走ると線路沿いの道を必死で走る学生服の男が見えました。
残念ながら、それはさよならも言わずにさっき別れた友達でした。
やはり、その20mほど後ろをヤンキーが追いかけていました。

二人だったはずのヤンキーは何故か5人に増えていました。

posted by 成記 at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

飛翔した日

小学生の頃は 
毎日、自転車に乗っていた。
ある日のこと。
近所の友達と遊んだ帰り道、
いつしか 競走になっていた。

そいつは年下だったけど、
段々、身体がが大きくなってきて、
“こいつには 負けちゃいけない”
きっと そう思ってた。

空気を一杯吸い込んで
息を止めて、目をつぶって、
ペダルを力一杯蹴りつけた。

身体が 一瞬無重力になり、
勝った、と思った 次の瞬間。
心臓も止まりそうな
 冷たい奈落の底へ。

思わず 目を開けて見上げると、
色の無い 灰色の水の中に
太陽が滲んで見えた。

暦は正月を越えた頃。自転車ごと どぶに落ちた俺は、それでも やせ我慢して、平気なフリをしていたけど、本当はとても寒かった。

どんなに必死でも、目は開いてないといけない。
 多分、 そのときに会得した。

posted by 成記 at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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