2007年03月23日

記憶の中にだけある故里

車を購入したのでドライブがてら、楠葉の実家を訪れた。
京阪電鉄を利用すれば大阪まで35分京都まで25分のまさしくベットタウン。
淀川もここはまだかろうじて水はよどんでいない。対岸はサントリーのウィスキー工場がある山崎。

俺が中学生に上がるときにこの町に引っ越してきた。
その頃は本当にど田舎で朝早くに窓を明けると道路にウサギが二本足でひょいと立ってこちらを眺めてたこともあった^^
それもびっくりだけど、舗装した道路の脇のみぞに透明の川エビが沢山生息してたんだから、どのぐらい自然が残っていたか想像できるだろう。

夏は夜中に30分も山に入ると、40×30×35cmぐらいのプラスチックの水槽に、ふたが閉まらないぐらい沢山のカブトムシとクワガタが採れたもんだ。
こちらでは(多分京都もそうだと思うけど未確認)クワガタって呼ばないんだ。
ミヤマクワガタっていう鎧を身にまとったようなメチャかっこいいけど、情けないほど弱いクワガタを“平家”。
大クワガタを代表してヒラタクワガタやコクワガタなどの平べったいクワガタを“源氏”って呼んでた。
俺は平家のフォルムが大好きだったんだけど、源氏と一緒に一晩水槽に入れておくと、朝起きたときには必ず平家は首を飛ばされてた^^;
懐かしいな。
あの山々もほとんど住宅街になってナントカが丘とか、それらしい名前がついている。カブトムシは・・・・・いるはずも無いか;

何百年以上も前からあった山を簡単につぶしてしまって、本当にコレで未来は明るいと言えるんだろうか?
少なくとも日本が水の豊かな国だったのは過去のことだろうね。
すでにどの家庭も飲料水をマーケットで買って飲んでるんだから。

昔、山に源氏を採りに入ったときの事。中二の夏休みだったかな。
川の中にすごく美しい魚を見つけたことがあった。
背中が青緑色で黒い斑点が星のように付いていて、5匹ぐらいで悠々と泳いでいた。
すごくそいつが欲しくなって、急いで自転車をこいで家に戻って網とか竿とか持ってその場に戻ったけど、その魚はどこかに行って、もういなかった。
大人になってアマゴの写真を見たときにわかった。あの時、俺が見たのはこいつだったんだって。
コレが俺がアマゴ釣りを始めたきっかけだな。

今では各地の漁協が頑張って稚魚とか発眼卵とかを放流してるから、アマゴは普通に釣れる。
読み物を開くと俺が中二の当時はすでに絶滅種とされていた。あの時見た魚は幻の渓流魚だったんだ。
そんな魚が当時、楠葉にはいたんだ。

その川は住宅街の溝にとって変わられた。あの山も今は無く、俺の記憶の中にしかそびえていない。
それでもあの夏は時折夢に現れては、俺に懐かしい気持ちで朝を迎えさせてくれる。
その後いつも思うのだ。
日本は本当にコレでいいのかと。



posted by 成記 at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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