2006年07月05日

私の秘密。

22歳の夏のこと。
サーフィンを始めて2年目の頃、一番サーフィンにはまっていました。仕事の休みを利用して日本海に波乗りに行こうと一人で出かけた時の話です。
京都から由良海岸まで飛ばして2時間、一人なので板は屋根に積まずに背もたれを寝かせた助手席にシートベルトで固定され、短い旅の無口な相棒と化していました。
山の中を結構なスピードで走り、舞鶴まで後15分程で到着するであろうトンネルの入り口辺りで人影を追い越した気がしました。
俺には霊感がまったく無いのですが、そういったものには結構食いつく性格なので、バックで引き返してみると、夜中の2時だというのにに女性が一人で歩いていたのです。
彼女はやはり仕事が終わってから舞鶴の実家に戻るために電車を乗り継いで手前の駅までやってきたらしいのですが、そこで電車が終わってしまい、仕方なく歩いて町に向かっていたのです。
俺は助手席の板を屋根に縛って、彼女を町まで送ってあげることにしました。
無謀なことをするね、と俺が言うと、本当はもっと早く仕事が明けるはずだったのが遅くなってしまい、あてにしていたタクシーも駅前で待機していなくて途方にくれて歩いていたそうです。
なんとなく彼女と意気投合し、次の日は一緒にサーフィンに連れて行ってあげました。
聞けば彼女も京都に一人暮らしをしていたので、帰りも待ち合わせをして一緒に帰りました。
そして二人は付き合うようになったのですが・・・・・・

俺には別に好きな女性ができたのです。

そのことを正直に彼女に告げると、彼女は涙を流しました。
彼女は妊娠していたのです。
堕胎してもらうようにお願いすると彼女は逆上し、つかみ合いの喧嘩になった挙句・・・・・・・・・・・・・・・・・・
思いあまって俺は彼女を殺めてしまったのです。

俺は彼女の亡骸を処分するために夜中の9号線を走りました。
最初に彼女に出会ったあの場所に彼女を埋めてあげました。
トンネルの手前のその場所しか思い浮かばなかったのです。

その後俺は結婚しました。
罪深いことですが、彼女のことは次第に記憶の中から忘れ去り、幸せな日々を送りました。

ある日のこと。家族で三方五湖に家族で旅行することになり、両親と妻は先に電車で旅館に行ってもらい、俺は仕事が終わってから車で現地に向かっていました。
真夜中の9号線をひた走り、あの場所が近づいてくると無理に彼方に追いやっていた記憶が蘇ってきました。
彼女にはひどいことをしてしまった。
悔いの残る思い出。しかも成行き上とはいえ人を殺めてしまった。
自分が何の戒めもなく生きていていられることの不思議。
そんな思いが漠然と脳裏をよぎりました。

あのトンネルの手前。彼女を埋めたあの場所。
目をつぶって通り過ぎたくなるトンネルの入り口。
夜中なのにそこに一人の子供がしゃがんで遊んでいるんです。遊んでいたんだと思います。
俺はそのまま通り過ぎ、多分5分ほど走りました。
葛藤の挙句、車をUターンして俺はその場所に戻りました。
やはりその男の子はいて、俺が近づくと顔を上げました。
「今晩はw ぼく。何してんの?」
「んー。遊んでんねん」
「・・・・・・こんな夜中に遊んでてお母さんに怒られへんのん?」
「お母ちゃんは死んだ・・・・・」
「そうかぁ・・・・・・かわいそうに。そやけどこんな暗いとこで遊んでたら怖いやろ?」
「別にぃ。いつもの事やし怖ないで」
「ふーん、そうか。勇気あんねんな、ぼく。  お父ちゃんは?」
「お父ちゃんは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前や!」





昔、友達の間で流行った怪談まがいを成記流リアルで再現してみました。


 

posted by 成記 at 14:47| 京都 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

Oh、What a night!

給食を食べ終わってみんなで掃除してたんだ。
机を全部教室の後ろに追いやってね。
給食を食べてすぐに掃除するのは今日が土曜日だからさ。
土曜日もそういえば学校あったんだ。

お前も掃除手伝えよ、って言っても遊んでばっかりのやつがいてさ。
よく見るとそいつは俺なんだよね。

その俺は一所懸命床を拭いてる女の子のモップの先を踏んづけたり、拭いた後の窓に顔くっつけたりして、ホントにろくでもないんだよ。
挙句のハテに並べた机の上を走り回ったりしてさ。

そしたら恐怖の大王が来てね。
泥の化身で今回は現れた。
頭が教室の天井に届くでかいヤツなんだ。

みんな我先に逃げたさw
泥の化身はゆっくりと追いかけてきた。汚いものを撒き散らしながらね。
廊下を必死で走って俺は防火扉を閉めたんだ。
みんなも一緒に手伝ってくれて扉を押さえてくれた。

大王が近づいてきた。

みんな絶対に力ゆるめるなよ。
声を掛け合いながら全身の力を扉に込めたんだ。
そしたら扉の向こうに誰かいるんだ。
何も言わないけど扉をたたいてる。

そいつはやっぱり俺だった。
いや、もしかすると友達だったのかも知れない。

しばらくして大王の気配が消えたから、扉を開けてみたんだ。
そしたら扉の向こうで逃げ遅れたそいつは雑巾になっていた。

拾いあげて絞ってみたら黒い水が一杯出てきた。
誰も見向きもしないから、俺はその雑巾を自分のランドセルに入れたんだ。

家に帰ってランドセルを開けたら雑巾の臭いにおいがした。
くさっ、って鼻をつまんだよ。
でも、なんとなく懐かしかった。
自分にふさわしい感じさえしたんだ。





今は見ない。
おそらくこの先も見ることは無い。
小学生の頃に見た夢。

 

posted by 成記 at 12:26| 京都 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

清滝トンネル

京都の嵐山からすこし北の清滝に続くトンネルは、心霊現象が起こるスポットとして有名な場所。
 
前にラーメン屋をやってたときにバイトしていた大学生の男の子が、車の免許を取って、うれしいもんだから友達を乗せてドライブに行ったんだって。
それで何も考えずに清滝トンネルを通りかかったところ、それまで順調に受信されてたラジオが急にプツっと切れたんだってさ。
彼の身には何も起こらなかったけど、よっぽどショックだったらしくて、その足で店まで来て、大騒ぎしてたよ。
やっぱりあのトンネルはやばいって。
 
でも、普通わさ、トンネル入ったらラジオって電波届かないよねぇw
 
posted by 成記 at 17:12| 京都 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Lies

不如帰達は謳った
俺の前で

ゆっくりと 時間をかけて
積み上げてきたものを
一気に崩すさまは
ある種の 爽快感さえ 引き連れ

怒りのため
悲しみのため
想い入れのため
思い遣りのため
プライドのため
あるいは それらを 振り切るために
血を吐きながらも
美しい声で 彼女たちは謳った

デキレースを始めた俺は
予想通りの結果に
ため息をつきながらも
次のページをめくるため
レジメを手探りしている

posted by 成記 at 17:16| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月07日

光と影

遊ばなければ
ストレスが溜まる
遊び過ぎれば
疲れが出る

暗闇では
目が利かないが
まばゆいばかりでは
何も見えない

光を求めると
影が出来る
光があるから
陰がある

光と影で形が生まれる

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2007年03月20日

君はかわいそう

色んなものを持っているのに
気づかない
君はかわいそう

自分は孤独だと
闇ばかり覗きたがる
君はかわいそう

自分にないものばかりを探して
不幸だと嘆く
君はかわいそう

なくして初めて
幸せだったんだと気づく
君はかわいそう

今日もビールを片手に
ちゃんと見ているよ


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2007年03月21日

LOOP COUNT ERROR

ブラックバス釣りに代表されるルアーフィッシングは、基本的にキャッチ&リリース。
釣った魚を無闇に殺さずに逃がしてあげる、ってこと。
ビデオで見たことあるだろう。バスアングラーが長時間かけて吊り上げたバス。
口を持って高くかかげてにっこり笑って、その後キスして逃がしてあげてるシーン。かっちょいい!
なんて自然に優しい遊び人なんだろう。

そんなこと俺が思うわけない。

口にフックをかけられて、痛いのに必死でもがいて逃げて、それでも糸は切れなくて・・・・。
体力尽きて吊り上げられた挙句「Good fight!」なんて言われる魚の身になってみろよ。人間の身勝手さがよくわかる。
魚はヌメヌメしてて気持ち悪い人もいるだろうけど、人間の手にも雑菌が一杯ついていて、人の手に触れた魚は高い確率で皮膚病になるんだ。
しかも泳ぐ力も尽きた魚だ。逃がされても死んでしまうか、運よく生き延びても元の状態に戻るまで相当時間がかかる。
キャッチ&リリースなんて奇麗事だ。魚を大切に思うなら釣るな。

琵琶湖を代表する漁協は在来種が絶滅するからという理由づけで、ブラックバスやブルーギルの駆逐に躍起になっている。
バスはFish eater、魚を食う魚だからね。
でも、ちょっと考えて見たら在来種は絶滅しないってすぐにわかる。
バスが小魚を食べる→バスが増えて小魚が減る→小魚が減るとバスは餓えて死ぬ→バスが減ると小魚が繁殖する。
自然界の当たり前の摂理でしょ。
どこかで均等は保たれる。人が手をかけなければね。
漁協は自分たちが獲る魚が減るから死活問題なんだろうけど、問題を置き換えてる。
バスを食べる方向で話を進めればいいのにね。ソレも努力って言うんじゃないの?
大体ブラックバスもブルーギルも日本が餓えていた頃に食用魚として進んで輸入したくせに、今になって悪者扱いか。
日本中にバスが広まったのも、琵琶湖の稚鮎を各地の河川に無制限に放流してるから一緒にバスの稚魚が混じっているからでしょ。
釣り好きがバスの稚魚を川に放した、なんて話は無いとは言えないけど、本筋とは思えない。冷静に考えたら信憑性にかけるね。

ところで俺はというと、キャッチ&リリースは基本的にしないから、バスでも釣ったら食べる。本当に食べる。家内に聞いてみろよ。
アマゴもチビはリリースすることが義務付けられてるから、身体に触らないように逃がすけど、大体は焼いて食べる。
俺と勝負して負けたんだから大人しく食べられろ、って言うのが理由。
だけど、コレとて怪しいもんだ。でしょ?
単なる俺のジェスチャーに過ぎないね。
わざわざ釣らなくても他に食べるものはいくらでもあるんだから。

告白すると、俺は狩りが好きなんだろう。
清流の白泡の中から魚を引き抜いた瞬間は達成感を感じる。
魚を愛してるけど、魚を殺すことに喜びを見出してる。俺はこんなやつだ。
コレが俺の背負った業なんだろう。
対人でも似たようなことをきっとしてるはず。いつか報いを受けなければいけない。

でも人はみんなどんぐりの背比べのようなもの。
自分が手をかけなくても誰かに殺してもらったた牛や豚を食べているし、小鳥をかわいいと言いながら、鶏肉を食べてる。
私はベジタリアンだから、なんて話しになると、植物も生きているけど・・・・なんて話に進展してしまって、後頭部から煙が立つよね。
人間なんて所詮こんな生き物だ。
でも、そこからはじめなきゃ。そこから話をしないとダメな気がするよ。
自分は悪いことをしてるんだ。人間は罪深いんだって認めるところから始めないと好転はしないだろな。

バス釣りの話から、なんだか壮大なテーマに切り込んでしまってちょっと後悔してるけど、大事なことだよね。
ぐるぐる回って振り出しに戻るだけかも知れない。
でも、考える価値のあるテーマだと思う。


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2007年03月23日

記憶の中にだけある故里

車を購入したのでドライブがてら、楠葉の実家を訪れた。
京阪電鉄を利用すれば大阪まで35分京都まで25分のまさしくベットタウン。
淀川もここはまだかろうじて水はよどんでいない。対岸はサントリーのウィスキー工場がある山崎。

俺が中学生に上がるときにこの町に引っ越してきた。
その頃は本当にど田舎で朝早くに窓を明けると道路にウサギが二本足でひょいと立ってこちらを眺めてたこともあった^^
それもびっくりだけど、舗装した道路の脇のみぞに透明の川エビが沢山生息してたんだから、どのぐらい自然が残っていたか想像できるだろう。

夏は夜中に30分も山に入ると、40×30×35cmぐらいのプラスチックの水槽に、ふたが閉まらないぐらい沢山のカブトムシとクワガタが採れたもんだ。
こちらでは(多分京都もそうだと思うけど未確認)クワガタって呼ばないんだ。
ミヤマクワガタっていう鎧を身にまとったようなメチャかっこいいけど、情けないほど弱いクワガタを“平家”。
大クワガタを代表してヒラタクワガタやコクワガタなどの平べったいクワガタを“源氏”って呼んでた。
俺は平家のフォルムが大好きだったんだけど、源氏と一緒に一晩水槽に入れておくと、朝起きたときには必ず平家は首を飛ばされてた^^;
懐かしいな。
あの山々もほとんど住宅街になってナントカが丘とか、それらしい名前がついている。カブトムシは・・・・・いるはずも無いか;

何百年以上も前からあった山を簡単につぶしてしまって、本当にコレで未来は明るいと言えるんだろうか?
少なくとも日本が水の豊かな国だったのは過去のことだろうね。
すでにどの家庭も飲料水をマーケットで買って飲んでるんだから。

昔、山に源氏を採りに入ったときの事。中二の夏休みだったかな。
川の中にすごく美しい魚を見つけたことがあった。
背中が青緑色で黒い斑点が星のように付いていて、5匹ぐらいで悠々と泳いでいた。
すごくそいつが欲しくなって、急いで自転車をこいで家に戻って網とか竿とか持ってその場に戻ったけど、その魚はどこかに行って、もういなかった。
大人になってアマゴの写真を見たときにわかった。あの時、俺が見たのはこいつだったんだって。
コレが俺がアマゴ釣りを始めたきっかけだな。

今では各地の漁協が頑張って稚魚とか発眼卵とかを放流してるから、アマゴは普通に釣れる。
読み物を開くと俺が中二の当時はすでに絶滅種とされていた。あの時見た魚は幻の渓流魚だったんだ。
そんな魚が当時、楠葉にはいたんだ。

その川は住宅街の溝にとって変わられた。あの山も今は無く、俺の記憶の中にしかそびえていない。
それでもあの夏は時折夢に現れては、俺に懐かしい気持ちで朝を迎えさせてくれる。
その後いつも思うのだ。
日本は本当にコレでいいのかと。



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2007年03月25日

ポッポの物語

店をやっていた時のこと。
ショッピングセンターの3Fにあるうちの店は中庭と隣接していたんだ。
中庭は四方をガラスで囲まれていて、食事をしながら日本庭園を楽しめる様になっていた。

いつからかそこに一匹の鳩が住み着くようになった。
よく見ると片方の羽がだらりとしている。どうやら大きなガラス窓に激突して飛べないらしい。
地べたをうろうろと歩いている。

日本庭園といっても草木が植えてあるだけで、鳩の食べるものなんかないし、いつか餓えて死んでしまうかも知れない。
鳩の餌を買ってきてその辺にばら撒いてあげてたんだ。
そのうち羽が直ったら飛べるようになるだろうと思って。

でも、いつまで経っても鳩の羽は力なく垂れ下がったまま。

いつのことだったか沢山の雨が降って、中庭も水浸しになった。
外は冬。鳩の餌も食べられたもんじゃないだろうし、巣もないそいつは羽毛を逆立てて水溜りの中で寒そうにしてた。
このままでは死んでしまうと思って、そいつを保護することにした。
したのはいいが、こいつがなかなかすばしこい。捕まるまいと逃げ回る鳩を追い回す俺の姿はきっと面白かっただろうな^^

口ばしであちこち突つかれながら、やっとそいつを捕まえて、ダンボールに入れて家に連れ帰った。
ポリバケツにお湯を入れて鳩をその中に入れてあげた。
よほど気持ちがいいのか鳩は目をつぶってじっとしていた。知らないだろうけど、鳩は水鳥でもないのに水に浮かぶことができるんだよ。

30分ほどお湯に浮かべていると羽の中から、小さな虫が出てくる出てくる。びっくりしたよ。野生の鳩ってこんなに沢山の虫に寄生されてるのか。
すぐに除虫剤を妻が買ってきてくれた。
それを羽にまぶしてやると、すごい数の虫が新聞紙の上に落ちて死んだ。気色悪かったけど、コレでこいつも身体が痒くなることもないだろう。

こっちの好意も知らずに、手負いの鳩はすごく警戒していて、近づくとすぐに手に噛み付いてくる。
部屋の中では落ち着かないだろうからダンボールで巣箱をこしらえてあげてベランダで買うことにした。名前はポッポに決まった。

妻が動物病院に連れて行って診てもらうと、骨は折れていないので後は本人のやる気次第、と言う診断だった^^;

餌を与えているせいか段々と元気になっていくポッポだったが、体力がつくにしたがって一層攻撃的になっていった。
巣箱を掃除しようとすると滅茶苦茶に突付いてくるから、すごく痛い。

それでも何とか飛べる様にしてやりたいので、部屋の中で低いところから放り投げたりして羽ばたく練習をさせていた。
ポッポにとってはいじめられてるとしか思えないだろうけど、しょうがない。

時折、複数の鳴き声がするので、気づかれないようにベランダを覗くと、どこからか鳩の友達がやってくるようになっていた。

どうやらうちの家族はポッポに嫌われているようなので、なるべく構わないようにしてたつもりだったけど、それでもストレスが溜まっていたらしい。
ポッポは自分の胸の羽毛をむしるようになってきた。
円形脱毛のように羽が抜けて地肌が見えて痛々しいが、軟膏を塗ってやるぐらいしかできることがない。
これ以上飼っていてもかわいそうだから動物園に預けた方がいいのかな。
妻とそんな話をしていた。

そんな矢先のある朝、ベランダを覗くとポッポの姿はなかった。
4Fのベランダから飛び降りたようだ、すぐに下に降りてベランダの下の植え込みや溝や建物の隙間を探したけど、ポッポの姿はなかった。
道路に飛び出して、車に轢かれてるかもしれないので、近所の道路を探し回ったがどこにも見当たらなかった。

あいつは飛んで行ったんだろうか。
あるいは猫にやられてしまったかも知れない。
いずれにせよ、野生のあいつは最後まで野生を貫き通した。
俺はあいつにとって迷惑な存在でしかなかったんだな。

ごめんよポッポ。

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2007年03月26日

赤は止まれ、黄色は注意、青になったら渡ろう

遠くに見える
シグナルを頼りに
停まったり 走ったり

目の前を 足早に
あるいは のんびりと
通り過ぎる群集

喜びや 悲しみや
怒りを胸に
人並みは 
どこへ向かうの


今 アクセルを
床一杯に 踏み込めば
なにが 起こるの

そんなことを
考えてる車が
あちらに こちらに

頭の上の
シグナルを 頼りに
今日も みんな
停まったり 走ったり


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2007年04月14日

飛翔した日

小学生の頃は 
毎日、自転車に乗っていた。
ある日のこと。
近所の友達と遊んだ帰り道、
いつしか 競走になっていた。

そいつは年下だったけど、
段々、身体がが大きくなってきて、
“こいつには 負けちゃいけない”
きっと そう思ってた。

空気を一杯吸い込んで
息を止めて、目をつぶって、
ペダルを力一杯蹴りつけた。

身体が 一瞬無重力になり、
勝った、と思った 次の瞬間。
心臓も止まりそうな
 冷たい奈落の底へ。

思わず 目を開けて見上げると、
色の無い 灰色の水の中に
太陽が滲んで見えた。

暦は正月を越えた頃。自転車ごと どぶに落ちた俺は、それでも やせ我慢して、平気なフリをしていたけど、本当はとても寒かった。

どんなに必死でも、目は開いてないといけない。
 多分、 そのときに会得した。

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2007年06月09日

電車通学T

高校生の時は京阪沿線の樟葉に住んでいました。
通っていた高校は京橋下車のとある学校。
帰りはいつも友達と適当な駅で降りてぶらぶら遊ぶのが日課みたいになっていました。

その日は枚方市駅で下車してショッピングモールで遊びました。
夕方になって駅のホームに降りたんですが、反対側のホームにヤンキーの高校生が二人。
何の会話をしてたのかは覚えてないけど、一緒にいた友達がそのヤンキーを見て笑いながら俺に何か言いました。
向こう側のヤンキーはそれに気がついて「なんじゃ、お前らー!」と怒鳴ったかと思ったら、線路に飛び降りてこちらのホームに走ってきました。
やばっ。
声に出す前に俺も友達も危険を感じて走り出し、ホームの階段を必死で駆け上がりました。
後ろからは「待たんかー、コラーッ!」と叫んでいます。
振り返って見てないけど、確実に俺たちを追いかけてきてます。

学生の頃の俺はバカと言うか、妙に大胆なところがあって、階段を二段飛ばしで上りながら“どうせ、あいつら俺の顔まで見てないはず・・・・・・・”と頭によぎりました。
階段を上りきって左に曲がったところで俺はくるりと向きを変えて、何食わぬ顔で平然とそいつらのいる方向、つまり階段を下りてゆきました。
友達は必死なので、俺の動向なんか全然気にする余裕もなく一人で走っていった様子。

案の定、ヤンキー達は俺には目もくれず、友達が逃げていった方に走り去ってゆきました。

少し待つと電車がやってきたので、それに乗り込み一安心。
あいつもうまく逃げられたかな。
そんなことを思いながら走る電車の窓から暮れかかる町並みを眺めていました。

しばらく走ると線路沿いの道を必死で走る学生服の男が見えました。
残念ながら、それはさよならも言わずにさっき別れた友達でした。
やはり、その20mほど後ろをヤンキーが追いかけていました。

二人だったはずのヤンキーは何故か5人に増えていました。

posted by 成記 at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月10日

電車通学U

京阪沿線はほとんどが大阪のベッドタウンです。
朝のラッシュ時の車両の中は、目一杯おかずを詰め込んだ弁当箱の様相です。
かばんから手を離しても床に落ちることは絶対ありません。
ましてや、座って通学なんて夢にも思っていませんでした。

ある日のこと。
友達と樟葉の駅でいつものように急行列車を待っていました。
ダイヤグラム通りホームに滑り込んできた電車の中を見渡すと、奇跡的にひとつだけ席が開いていました。
ホームの一番前に並んでいた俺達、というか友達がそれを見逃すわけはありません。
ぁ、と小さな声を洩らしたことを後悔するようにその後は「ん?」と聞き返した俺の声も聞こえない振りです。

ドアが開くと同時に友達はモグラが土砂を掻き分けるように人ごみの中に潜り込み、ひとつだけ開いている席にドシリと腰を下ろしました。
しかし、彼の靴の↓には誰かが残していった吐瀉物が・・・・・・・・・・・;

言わんこっちゃない。
あせった彼は直ぐに席を立ち上がろうとしたんですが、なに分足元がそんな状態ですから、滑って転んでご丁寧におじやの上にしりもちを突く羽目に・・・・・・・・;

その日の彼が学校でずっとジャージを履いていた理由は数人の友達しか知りません。
旨い話には罠が待ち構えていることを彼はこの時に学んだ事と思います。

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2007年08月20日

成記流虫の捕まえ方

子供の頃はムシ博士だった。
なのでムシを捕まえるのも、今から思えばかなりユニークな方法を使っていたと思う。
大人の皆様にこんな情報を垂れ流しても何の役にも立たないのである。
それでも書いてしまうところが成記の痛いところではある。

セミの簡単な捕まえ方

うちのマンションは出来てから2年とちょい。なのに玄関先のカエデの木にはセミが一杯集まってる。カエデの樹液は相当ウマイとみえる。
俺はモミジの天麩羅なら食べたことある。それなりに喰えるけどほとんど衣の味だな。
セミは天麩羅喰うんだろうか?喰わないだろうな。
(天麩羅に群がるセミを想像してみた。気持ちわる。でかい分だけハエよりも始末が悪いな。)

そんな事はどうでもいい。
とにかく朝も7時を迎える頃から、うちのマンションの前のカエデにはセミが群がって大合唱してるのだ。
何も知らない子供達は網を片手に一所懸命にセミと格闘してるけど、セミを簡単に捕まえたいなら俺に聞くよろし。

大体セミが鳴いてるときはセミの活性が高いから簡単には捕まえられない。
なので、果報は寝て待て。賢い中国人はセミの活性が低いときを狙うのだ、知らんけど。

本当の所はどうなのかわからないけど、俺の経験からすると朝に鳴きまくったセミは疲れて昼寝する。
正午になるまで待ってると、あんなにうるさかったセミの鳴き声がピタっと止む。
セミが昼寝を始めた証拠だ。
嘘だと思うなら注意して近所のセミの声を聞いてみることだね。俺の言うことがわかるはずだから。

その頃にカエデのそばに行ってみるとセミはどこかに行った訳じゃなく、やっぱり一杯木にたかってる。
そのままズカズカと木に近づいておもむろにセミを掴んでみる。
網も鳥もちも要らない。
セミは馬鹿だから、捕らえられた仲間が必死でピンチの声をあげても逃げようとしないで知らん顔。
ついでに言うと、捕まえられると困るから高いところで寝よう、とかの考えも及ばないらしい。
割と低い位置の木陰でグーグー寝てるから子供でも簡単に捕まえられる。


トノサマバッタの簡単な捕まえ方

ボール紙を用意する。レポート用紙の裏についてるグレーのやつなんかがいい。
ボール紙を20×20×50mmの立方体にする。つまり四角い筒だね。
それに3mぐらいの糸を結んでおく。

原っぱに行ってトノサマバッタを探す。
トノサマバッタは緑の色をした奴か、あるいは緑と茶色のツートーンの奴ががオスなので、そいつに向かって作っておいた紙の筒を投げる。
投げたら糸を引っ張って筒がはねるように動かす。
そうするとオスのトノサマバッタが寄ってきて上に乗っかってくる。
近づいても絶対に逃げないのでそのまま捕獲する。

トノサマバッタのメスは灰色をしていてオスよりも一回り大きい。
つまり四角柱のボール紙をメスと勘違いしてオスがさかってくるわけだな。
一度さかるとメスを放って逃げることはしないから(なにせ殿様ですからプライドあるんすよ)そのまま簡単に捕まるわけだ。
かわいそうだが、虫の性を逆手に取った捕獲法。


カエル釣り

ネコジャラシの種(ふさって言ったほうがいいかな)を茎ごと引き抜く。
ふさの先を1cmぐらい残して後の種を指でしごいて取り除く。

後は茎の後ろを持ってカエルの目の前でユラユラと揺らしてやるとカエルが虫と間違えて飛びついてくる。
食い意地が張ってるので釣り上げられても、なかなか離そうとしない。(プライドは無いと思われる)


ギンヤンマの簡単な捕まえ方

@虫取り網が必要。細かい白い網目の奴よりも、もっと安い青い色の目の粗い網。それをを持ってギンヤンマが生息する池か沼か田んぼに行く。
頭の高さで網を大きくゆっくりとまわす。数回、回し続けるとギンヤンマが寄って来て、網と同じ軌道で頭の周りを回り始める。
網を回すスピードを上げて、ギンヤンマを後ろからすくうように捕獲する。

何故、網に寄ってくるのかは今だに不明だけど確実に来る。
虫じゃないけどコウモリも同じ方法で捕獲することが出来る。
多分、人間には聞こえないけど、小さなムシの羽音と同じ周波数の音が網を振り回すと出るからトンボやコウモリが寄ってくるんだ。
そんな風に少年成記は勝手に思っていた。

A↑の方法で捕まえたギンヤンマがメスならば↓の方法も使える。ギンヤンマの胴体と尻尾の間の丸いコブのようなふくらみが黄土色なのがメスである。(だったと思う。ちょっと自信ナス。)

メスのギンヤンマの胴体を糸で結んで、性懲りもなく頭の周りでゆっくりとまわしながら飛ばす。
すぐのオスのギンヤンマが飛んできて尻尾の先でメスの首をつかむ。(トンボの尻尾の先はちょっとしたハサミになっている。)
ランデブー状態になったらそのままゆっくりと地面に下ろしてオスのギンヤンマを捕まえる。
バッタと一緒で決してオスが逃げることはない。

ちなみに糸で結んだメスのトンボは死んでいても飛ばすことが出来る。もちろんオスは寄ってくる。


こうして子供の頃を改めて振り返ってみる、と少年成記は観察力があって冷静で残酷。
こんな経験が今の俺に活かされているのか調べようもないけど、今の俺には無いものばかりのような気がする。


posted by 成記 at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

魚釣られ

すごく腹が減っていた。
時間を数えたわけではないのだが、もう二日ほど、ろくなものを口にしていないような気がする。

少しフラフラしながら、海辺の岩場を散策してみた。
岩にこびりついた海苔でも小さな貝でもいいから見つけて、とにかく何かを腹に入れなければ死んでしまう。

すぐに岩の隙間にシオマネキを発見w
指を挟まれながらどうにか捕獲できた。

座れそうな岩をさがして、腰をかけると小さな蟹を生きたままほおばった。
海水の汐の味が蟹の味を一層引き立てて良い感じだ。
殻を吐き出すのが惜しくなって、何度も細かく噛み砕いて飲み込んだ。

もっといるんじゃないかとシオマネキを探したが、あいにくアレ一匹だけだったようだ。

他に食べられそうなものはないだろうかと辺りを見渡すと、隣りの岩の上に何か黒いものが落ちている。
近づいて見るとそれはコンビニのおにぎりだった。

何か怪しいなと思って、回りをキョロキョロ見てみたが、持ち主らしい人の気配もない。
誰かが食べきれずに捨てていったのかも知れない。とりあえずは喰ってもよさそうだ。

紀州梅か。
贅沢を言えば、紅鮭か焼きタラコの方が良かったけれど、コレでも全然問題はない。
口の中に湧き出る唾液を飲み込みながら、ビニールをはがして匂いを嗅いでみる。
腐ってそうな匂いもしない(超ラッキー)。

一口かじる。
久しぶりの米の味。
おにぎりに付いた歯型の飯には梅干からにじみでた赤い色。
次の一噛みで訪れる梅干のしょっぱさに備えて、口の中はさらに唾液の洪水。
コレを旨いと言うのだ。

一口目の米を8噛み程でごくりと飲み込み、梅干目指して二口目にかぶりついた。

その瞬間。


上あごから脳天に突き抜けそうな猛烈な痛みが走った。
何が起こったのか咄嗟にはわからない。くさびのような物が上あごに刺さっている!?
とにかく何か強い力に引っ張られている。

手を添えると、口から見えない彼方へと続く光る糸。何かにまんまとはめられた。
口を大きく開けたまま、嫌が応にも顔はあさっての方角を向く。

必死にあらがうが、意思に反して身体は海に向かって引きずられる。
声も出せないまま必死で両足を踏ん張るが、足場が悪すぎる。上あごがとにかく熱い。

海に引きずり込まれたら絶体絶命。頭ではわかってる。でも、全力で耐えるには、あごが痛過ぎる。

やがて足もとを波にすくわれ、むなしく海の中へダイブした。
それでも陸へ上がろうと必死でもがいたが、暗い深海に向かって身体はブクブクと沈んでいく。

もうだめだ。
死ぬ。絶対死ぬ。

それでも身体は生きたいらしい。
息を止めて限界まで耐える。












やがて何者かが身体をくるんだ。
いくらもがいても取れなかった上あごの槍が一瞬の痛みと共に抜けた。

目を白黒させながら、前を見据えると見たこともない大きな魚がこっちを見て微笑んでいる。

「Good Fight!」

薄れゆく意識の中で大きな魚がそう言ったのを覚えてる。顔にキスをして確かにそう言ったんだ。











・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
気が付くと砂浜の上にいた。

岩場で蟹を食べたのが、今朝なのか昨日の朝なのかはわからない。

太陽は水平線の向こう側に行こうとしていた。
満ちた潮が身体を半分浸していた。


海はもういい。海に入るのはもうこりごりだ。
何度もそう呟いて、砂浜をはいずって浜茄子の咲く陸に上がった。
まだ痛い口の中は苦い砂でジャリジャリしていた。




日記風に仕立ててみた。
魚釣りを逆の立場で考えるとこんな感じだろうかと。
俺は罪深い。


posted by 成記 at 00:00| 京都 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月10日

パスタとスプーン

日本でパスタを注文すると必ずと言っていいほどフォークとスプーンがテーブルに並べられますが、皆さんはスプーンを使いますか?
俺は使いません。
中曽根康人氏が首相だった頃に、どこだったかのサミットの食事会でにスプーンを使ってパスタを食べて周りの苦笑を買ったという話が頭の中に残っていたからです。
欧米ではスプーンを使ってパスタを食べるのはフォークを使いこなせない子供のすることだから、と言うのが理由だったように思います。
もはや日本ではパスタにスプーンは市民権を得ていますから、他の人が使うのは全然気になりません。
それよりもスパゲティをソバのようにズルズルすすって食べる方がマナー違反だと思います。

外国人がスプーンを使わないなら、何故日本では大人がスプーンを使うようになったのだろう。
日本人的感覚で上品そうに見えるから?
それよりも俺の記憶してるのは本当の情報なのかな・・・・・・・ちょっと気になったので調べてみました。
結論から先に言うと、パスタを食べるのにスプーンを使ってはいけないという作法は外国にも無いようです。
つまりスプーンを使ったほうが食べやすいのであれば使っても良いということです。
ただ、イタリアの北部ではフォークだけで食べるのが一般的だそうです。
スプーンのみで食べるのはマナー違反のようで、これが誤ってスプーンを使ってはいけない論になったのではないでしょうか。

フォークを使うのが苦手なアメリカ人がナイフとフォークでスパゲティを細かく切り刻んでスプーンで食べたのがスプーンを使うようになった始まり、なんて話もいくつかヒットしましたが、俺は信じがたいです。
ただのジョークが広まって、さもほとんどののアメリカ人がそうであるように流れてるデマだと思います。

こうなると先に書いた中曽根首相の逸話も疑わしくなってきました。
色んな言葉で検索をしてみましたが中曽根首相がスプーンでパスタを食べて恥をかいた話は出てきませんでした。
では、どこでそんな話を俺は耳にしたんだろう。
そう思ってさらに検索していくと一軒だけヒットしました。
細木数子さんが言ってました。そうか、俺はコレをTVでを耳にしてたんだ。
うーん。マナーっていうのはちゃんと学ばないとダメですね。

夜勤の休憩中にサイゼリアでお茶を飲むことが多いんですが、離れた席で若いカップルがスパゲティを食べていました。
女の子はフォークとスプーンを使って、男の子は箸を使って。
そして二人とも土足で椅子の上に立てひざをしていました。


 
posted by 成記 at 18:50| 京都 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

一緒にお話しませんか?

BBSではありませんが、どなたか一緒にWEB上でお話しませんか?
人間以外の方ならばどなたでもおkです。

お待ちしてマース!
posted by 成記 at 14:50| 京都 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

成記の“すべる話”

何も用事が無くてボーっとしてると昔の他愛ない流行なんかをふと思い出したりする。
何も用事がない日なんてほとんど無いんだけど、最近は夏バテ対策で睡眠時間を多めに摂ろうと思ってね、1時過ぎには寝床に入ることにしてるんだ。
だから眠りにつくまでが何もすることが無い時間ってわけだ。

昨日は子供の頃に流行った“おたねばーちゃん”の超がつくくだらない話を断片的に思い出したから教えてあげる。

おたねばーちゃんがどこか忘れたけど田舎から出てくるわけだ。
孫娘の令子さんに会いにね。
令子さんは大学に通うために大阪で一人暮らししてる。
そんな設定だったよ、確か。

関西のバスは後の扉から乗って前の扉から降りるんだけど、おたねばーちゃんは知らなかったんだな。
前のドアから乗ろうとすると運転手に「ばあさん、後から乗ってや」って言われてね。
そしたらおたねバーちゃんは「はいはい、すみませんねぇ」と言いながら後ろ向きにステップを上がるんだよね。
うんうん。だんだん思い出してきたぞ。


令子さんに何かお土産を持っていこうと思ったおたねばーちゃんは阪神百貨店に入ったんだ。
おたね「このケーキをください」
店員「はい。おいくつですか?」
おたね「当年とって78歳」
とか言うんだよな。


令子さんとの対面でも何かやらかした気がするけど覚えてない。
二人で街に出ることにしたんだと思う。
喫茶店に入ってね。
説明するのも野暮だけど、大阪ではアイスコーヒーをレーコー(冷コー)って言うのね。
店員さんが注文をとりに来て令子さんが「冷コーひとつ」って言ったら・・・・もうわかるでしょ。
「おたねひとつ」


たまには映画でも観ようという話になって、どっちがおごるかってもめるんだけど結局自分の分は自分で払おうと言うことで落ち着いたんだな。
でも映画館に一人で入った事がないおたねばーちゃんは令子さんに先に券を買ってもらうことにした。
令子さんが窓口で「じゃぁ。学生一枚ください」って買うのを見て、なんだ簡単なんだって思ってね、自信満々に言うのね。
「百姓一枚」

 
 






・・・・・・・・・・・なんでこんなくだらない話を覚えてるんだろう。
死ぬ間際に思い出したりして涙流しながら薄笑い浮かべたりするんだろうか。
それはちょっと嫌だな。
 

posted by 成記 at 00:46| 京都 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

女性化社会とフナの話

世の中はめまぐるしく変わってゆく。
その加速度に着いていけなくなることは、とりもなおさず年をとったということだろう。
今や日本も含め世界中が女性化している。
弊害もあるが弱者を守る意識が向上しているのは良いことだ。


人間など遅いぐらいで動物達の世界では女性主導は当り前だ。
ハチやアリなどはあれだけの数がいる巣の中でオスは3,4匹しかいない。
後は卵を産むのも巣を守るのも餌を集めるのもメスだ。
ハタラキバチの針が産卵管が変化したものであることはよく知られている。


魚にも女性主導の世界がある。
フナというと一種類しかいないと思ってる方もいるだろうが、意外と亜種が存在する。
マブナという魚は実はいなくて、マブナと呼ばれているのはギンブナとキンブナ。
キンブナは少なくなっているので目にするフナはほとんどギンブナだろう。

ギンブナは昔から女性化社会。
なぜならギンブナにはオスはほとんどいないのだ。
オスは絶滅しているといってしまってもいいぐらい稀にしか見つからない。
では、どうやって種を存続させているのかという疑問が沸いたはず。
実はギンブナは他の魚の精子で受精するのだ。
しかも雑種が生まれることはほとんど無い。
生まれてくるのは純血のギンブナだ。
詳しく語るとややこしくて面白くないので省くが、ギンブナは染色体が特殊で他の血が混じらないシステムを持っている。
生まれてくる仔は必ず卵を産んだ母魚と同じ遺伝子を持っている。
つまりクローンだ。


フナにも種類があると書いた。
ニゴロブナは鮒寿司の原料となる魚だが、絶滅が危惧されているので琵琶湖の漁協も自主規制で小さい個体は取ってはいけないこととしている。
その為、今は安い鮒寿司はゲンゴロウブナやギンブナを鮒寿司に使用する。
イギリスではクローン牛が販売されたことに議論が沸き起こっているが、日本ではすでにクローンの魚を食べていたと言うことだ。


小ブナ釣りしなどと言うと、昔懐かしく里山を思い浮かべる人も多いと思う。
が、実はギンブナは人間よりもずっと昔からクローン化と女性化社会を確立していたわけだ。
人間社会もこのまま進むといずれクローン人間も現れるかもしれない。
そうなると“男はもう要らないわ”なんて社会が来るのも馬鹿な俺のたわごとではなくなるかもしれない。




 

posted by 成記 at 00:41| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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